大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ヨ)2069号 決定 1989年7月25日

申請人

秀和株式会社

右代表者代表取締役

小 林   茂

右訴訟代理人弁護士

並 木 俊 守

山 田 二 郎

渡 邊 幸 則

安 西 義 明

河 合 弘 之

右河合弘之訴訟復代理人弁護士

井 上 智 治

荒 竹 純 一

野 中 信 敬

被申請人

株式会社いなげや

右代表者代表取締役

猿 渡 清 司

右訴訟代理人弁護士

古 曳 正 夫

相 原 亮 介

渡 辺   肇

主文

被申請人が、平成元年七月一〇日の取締役会決議に基づき、現に手続中の記名式額面普通株式一二四〇万株の発行を仮に差し止める。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立て及び主張の要旨

一申請人は主文第一項と同旨の決定を求めた。申請の理由の要旨は次のとおりである。

1  被申請人は、資本金八二億四六五七万〇九三七円、発行済株式総数五〇八八万六〇二四株(額面金五〇円)の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式一〇九一万三六七〇株を有する株主である。

2  被申請人は、平成元年七月一〇日の取締役会において、次の新株発行を決議した(以下「本件新株発行」という。)。

(一) 発行新株数 記名式額面普通株式 一二四〇万株

(二) 割当方法 発行する株式全部を株式会社忠実屋(以下「忠実屋」という。)に割り当てる。

(三) 発行価額 一株につき金一五八〇円

(四) 払込期日 平成元年七月二六日

3  本件新株発行は、次のとおり、法令に違反し、かつ著しく不公正な方法によるもの(以下「不公正発行」という。)である。

(一) 本件新株発行の発行価額は、右のとおり、一株につき一五八〇円であるところ、平成元年七月五日後場終了時の東京証券取引所における被申請人の株式価格は一株四一五〇円であるから、本件新株発行価額は商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するものであり、それにもかかわらず、被申請人においては、同条項所定の株主総会決議を経ていないから、本件新株発行は法令に違反するものである。

(二) 本件新株発行は、資金調達の必要性を欠き、現実にも資金が調達されておらず、もっぱら、申請人の被申請人における持株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持する目的でされるものであるから、不公正発行に該当する。

4  本件新株発行により、被申請人の株主たる申請人は次のような損害を被る。

(一) 本件新株発行により、申請人の被申請人における持株比率は、二一.四四パーセントから一七.二四パーセントに低下するうえ、時価の三八パーセントという極めて低い価額による大量の新株が発行されると、株価も一挙に低下することは明らかである。

(二) 本件新株発行は、忠実屋の被申請人を引受人とする新株発行に対応してされるものであるところ、忠実屋の右新株発行も、本件新株発行と同様に有利発行であって、これにより、被申請人に対しては、市場の取引価格と本件新株発行価額との差額に対して高率の法人税及びこれにともなう住民税、事業税の課税されるおそれが強く、そのようなことになれば、被申請人の株式の価格が著しく低下することは避けられない。

5  申請人は、被申請人に対し本件新株発行差止めの訴えを提起すべく準備中であるが、払込期日は間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となるうえ、本件新株発行により、申請人は前記のとおりの損害を被るのであるから、本件仮処分申請については保全の必要性がある。

二被申請人は、「本件仮処分申請を却下し、申請費用を申請人の負担とする。」旨の決定を求めた。被申請人の主張は、本件新株発行が適法かつ公正であるというにあり、その理由の要旨は次のとおりである。

1  本件新株発行の発行価額は、被申請人のあるべき株式価格をもとにして算定したものであるから、申請人主張のように「特ニ有利ナル発行価額」には該当しない。すなわち、東京証券取引所における被申請人の株式取引は、昭和六三年一月以降、月間出来高が急増し、これとともに株価も著しく高騰したが、同業他社と比較しても、その高騰は異常というほかなく、しかも、この異常な株価は申請人の買占めによって生じたものである。このような事態のもとでの新株を発行するに際しての発行価額の算定にあたっては、市場価格を基礎にすることはできず、被申請人のあるべき株式価格に基づいて発行価額を算定すべきである。被申請人は本件新株の発行価額を算定するにあたり、野村企業情報株式会社にその資料の提出を求め、同社は自ら発行価額を算定したうえ、サンワ・等松青木監査法人にその価額の検証を依頼し、さらに青山監査法人に発行価額の算定を依頼した。本件新株の発行価額は、これらによって得られた株式価格に基づいて決定されたものである。

2  被申請人と忠実屋は、昭和六三年一二月以降、相互に業務提携(以下「本件業務提携」という。)及び資本提携をするための交渉をしていたが、平成元年七月八日、両社の間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会においてその承認決議がされた。両社の業務提携は広範囲かつ濃密なものであり、大量のノウハウの相互移転が行われるため、資本を持ち合うことにより相互の信頼関係を確立する必要があり、その持株比率は、業務提携の密接さに見合い、かつ相互の経営の独自性を害さないという考慮のもとに、発行済株式総数の一九.五パーセントとした。本件新株発行は右の合意に基づいてされたものであるから、公正なものというべきである。

第二当裁判所の判断

一当事者間に争いのない事実並びに一件記録及び当事者各審尋の結果によって認められる事実は次のとおりである。

1  被申請人は、資本の額が八二億四六五七万〇九三七円、発行済株式総数が五〇八八万六〇二四株(額面金五〇円)で、東京証券取引所一部上場の株式会社であり、申請人は、被申請人の株式一〇九一万三六七〇株を有する株主である。

2  被申請人の東京証券取引所における株価は、昭和六二年一二月ころまでは八二〇円ないし一一五〇円前後で推移していたが、昭和六三年一月以降急騰し、同年二月から同年五月ころまでには二〇〇〇円前後となり、その後同年六月には三〇〇〇円を超え、同年八月にはいったん五四六〇円をつけたものの、同年九月にいったん三二〇〇円まで下落し、その後は概ね三六五〇円ないし五〇〇〇円程度の価格で推移している。本件仮処分申請時まで、被申請人の株価が、昭和六三年七月以降は三〇〇〇円を、同年一一月以降は三六五〇円をそれぞれ下まわったことはない。

3  申請人は、昭和六三年二月ころから、被申請人の株式を大量に取得し始めたが、その後現在までの東京証券取引所における被申請人の株式の取引高総数に占める申請人の取得株式数の割合は五分の一に満たない。

4  申請人は、昭和六三年一〇月から一一月にかけて、被申請人の取引銀行を介するなどし、被申請人に対して、被申請人の株式を多数取得したことを明らかにしたうえで、被申請人、忠実屋と株式会社ライフストア(以下「ライフストア」という。)の三社合併ないし被申請人とライフストアの二社合併を提案し、それらにともなう人事についても申請人の構想を申し入れたが、被申請人はこれらの提案を拒否した。

5  被申請人と忠実屋は、昭和六三年一二月に本件業務提携の交渉を開始し、業務提携をすることについては直ちに合意した後、その具体的方法について交渉を継続し、平成元年二月以降、野村企業情報株式会社にその方法についての情報の提供を依頼した。両社間の業務提携の機運は従来からあったが、右両社間でそれを真剣に話し合ったことは昭和六三年一二月まではなく、本件業務提携は、申請人から前記のとおり合併を提案されたことに誘発され、申請人の要求に対抗し、これを拒否するため、一気に具体化したものである。

6  申請人は、平成元年七月七日に七三六万五六七〇株の、同月一一日に二七〇万七〇〇〇株の、同月一三日に八四万一〇〇〇株式の、被申請人株式の各名義書換手続もし、その名義人となった。

7  被申請人は、平成元年七月八日、忠実屋との間で、各会社の取締役会の承認決議を停止条件として、本件業務提携及び資本提携をすることを合意し、同月一〇日両社の取締役会において、それぞれその承認決議をするとともに、次のとおり本件新株発行をすることを決議したが、その発行価額の決定にあたっては、市場価格が極めて高騰していたことを理由に、これを基礎とすることなく、他の株式価格算定方式を用いて被申請人としてあるべき株式価格を算定し、これを基準にした価格を発行価額とした。

(一) 発行新株数 記名式額面普通株式 一二四〇万株

(二) 割当方法 発行する株式全部を忠実屋に割り当てる。

(三) 発行価額 一株につき金一五八〇円

(四) 払込期日 平成元年七月二六日

また、申請人と忠実屋は、同日、業務提携のためのプロジェクト・チームを発足させ、その後、業務提携のための具体的作業を進行中である。

8  本件新株発行は、被申請人と忠実屋との本件業務提携にともない、同時期に相互に新株を発行して資本提携をする目的でされたものであり、相互に相手方会社の発行済株式総数の一九.五パーセントの株式を保有することとしている。そして、被申請人の忠実屋に対して発行する新株一二四〇万株の発行価額総額は一九五億九二〇〇万円、忠実屋の被申請人に対して発行する新株二二〇〇万株の発行価額総額は二四六億四〇〇〇万円である。両社は、いずれもインパクト・ローンによって右資金を調達し、払込期日の直後に相手会社からの新株払込金をもってその返済にあてるが、右発行価額総額の差額である約五〇億円につき、被申請人においてはこれを金融機関からの長期借入金として処理することとしている。

9  本件新株発行にあたっては、商法二八〇条の二第二項所定の被申請人の株主総会決議はされていない。

10  本件新株発行が実行されると、被申請人の発行済株式総数に対する申請人の持株比率は、二一.四四パーセントから一七.二四パーセントに低下するうえ、東京証券取引所における被申請人の株価が一挙に低下する蓋然性が極めて高い。

二そこで、まず、本件新株発行の発行価額が商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するか否かについて判断する。

ところで、新株の公正な発行価額とは、取締役会が新株発行を決議した当時において、発行会社の株式を取得させるにはどれだけの金額を払い込ませることが新旧株主の間において公平であるかという観点から算定されるべきものである。本件のように、発行会社が上場会社の場合には、会社資産の内容、収益力おび将来の事業の見通し等を考慮した企業の客観的価値が市場価格に反映されてこれが形成されるものであるから、一般投資家が売買をできる株式市場において形成された株価が新株の公正な発行価額を算定するにあたっての基準になるというべきである。そして、株式が株式市場で投機の対象となり、株価が著しく高騰した場合にも、市場価格を基礎とし、それを修正して公正な発行価額を算定しなければならない。なぜなら、株式市場での株価の形成には、株式を公開市場における取引の対象としている制度からみて、投機的要素を無視することができないため、株式が投機の対象とされ、それによって株価が形成され高騰したからといって、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することはできないからである。もっとも、株式が市場においてきわめて異常な程度まで投機の対象とされ、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰し、しかも、それが株式市場における一時的現象に止まるような場合に限っては、市場価格を、新株発行における公正な発行価額の算定基礎から排除することができるというべきである。

これを本件についてみるに、被申請人の東京証券取引所における株価の推移は前記一2に認定のとおりであって、三〇〇〇円以上の状態が一年間、三六五〇円以上の状態が一〇か月間と相当長期間にわたって続いており、しかもこのような株価の高騰は、申請人が被申請人の株式を大量に取得したことにその原因の一があるとともに、被申請人の株式が投機の対象となっていることは否定できないところであると考えられる。しかし、本件においては、被申請人の株価の推移、特に一定額以上の株価が相当長期間にわたって維持されていることに照らすと、その価格を新株発行にあたっての公正な発行価額の算定基礎から排除することは相当ではない。したがって、本件新株発行において市場価格を無視してこれを基準とすることなく算定され決定された一五八〇円という発行価額は、当時の市場価格からはるかに乖離したものであることからみて、商法二八〇条の二第二項所定の「特ニ有利ナル発行価額」に該当するというべきである。よって、それにもかかわらず同条項所定の株主総会決議を経ていない本件新株発行は、その手続に法令違反があるといわなければならない。

三次に、本件新株発行が不公正発行に該当するか否かについて判断する。

商法は、株主の新株引受権を排除し、割当自由の原則を認めているから、新株発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許され、その結果、従来の株主の持株比率が低下しても、それをもってただちに不公正発行ということはできない。しかし、株式会社においてその支配権につき争いがある場合に、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたるというべきである。また、新株発行の主要な目的が右のところにあるとはいえない場合であっても、その新株発行により特定の株主の持株比率が著しく低下されることを認識しつつ新株発行がされた場合は、その新株発行を正当化させるだけの合理的な理由がない限り、その新株発行もまた不公正発行にあたるというべきである。

これを本件新株発行についてみるに、前記認定事実によると、被申請人と忠実屋との業務提携の話は従来からまったくなかったわけではないものの、右両者間でそれが真剣に話し合われたことはなく、本件業務提携は、被申請人、忠実屋、ライフストアの合併を申請人から提案されたことにより、被申請人と忠実屋が、申請人の要求を拒否し、対抗するため具体化したものであるところ、本件業務提携にあたり被申請人が忠実屋に対し従来の発行済株式総数の一九.五パーセントもの多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であると認めることのできる十分な疎明はなく、しかも、本件新株発行によって調達された資金の全額が、実質的には、忠実屋の発行する新株の払込金にあてられるものであって、業務上の資金としてこれを使用するために本件新株発行がされたわけではないこと、また、被申請人の経営に申請人が参加することが被申請人の業務にただちに重大な不利益をもたらすことの疎明もないことからみると、被申請人がした本件新株発行は、申請人の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的とし、又は少なくともこれにより申請人の持株比率が低下されることを認識しつつされたものであるのに、本件のような多量の新株発行を正当化させるだけの合理的な理由があったとは認められないから、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行にあたるというべきである。

四本件新株発行により申請人が損害を被ることは前記認定のとおりであって、それは容易に回復することのできない損害というべきであり、他方、本件新株発行を差し止めることによって被申請人が重大な不利益を被ることの疎明はない。そして、本件新株発行の払込期日が間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込みを済ませ本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味となることも明らかであるから、本件仮処分申請については保全の必要性もあるというべきである。

五よって、本件仮処分申請は理由があるから、申請人に担保を立てさせることなくこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

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